大判例

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東京高等裁判所 平成9年(ネ)933号 判決

控訴人

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

中村文也

津谷信一郎

被控訴人

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

河合早苗

主文

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

主文と同旨

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は、控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者の主張は、次のとおり訂正し、又は付加するほかは、原判決の「第二当事者の主張」に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

一  原判決七頁八行目から同九行目にかけての「子供達の養育費」を「、子供達の養育費として、子供達がそれぞれ二二歳に達するまで各一〇万円を負担するほか、大学の入学金や授業料」と改める。

二  原判決八頁五行目の「高校二年生」を「高校三年生」と、同行目の「中学一年生」を「中学二年生」とそれぞれ改める。

三  原判決一一頁七行目から同一二頁二行目までを次のとおり改める。

「2 仮に控訴人と被控訴人との婚姻関係が既に破綻しているとしても、その原因は、専ら、他に女性をつくって家庭を顧みず、一方的に家を出て行った被控訴人の行動と、家庭や子供の養育に無関心で、婚姻関係の維持のための義務の自覚に欠ける被控訴人の態度にあり、被控訴人は、いわゆる有責配偶者であって、しかも、その有責性は極めて高い。

しかるところ、控訴人は、被控訴人が家を出た当時五歳と一歳であった子供達を困難を耐え抜いて養育してきたのであり、現在なお、被控訴人との婚姻関係の回復を望んでいる。子供達は、現在、高校三年生と中学二年生で、一人前になるまでにはなお相当の歳月を要する上、両親の離婚が思春期にある子供達の人格形成に与える影響も重大である。また、被控訴人は、今後の子供達の養育費や大学の入学金等を負担するというが、控訴人と子供達の生活費は、毎月五〇万円を超える上、子供達に大学を卒業させるまでには相当高額の費用を要するところ、被控訴人が現在送金している金額や被控訴人が今後負担すると言っている金額は、到底これを満たすに足りないし、将来の支払も不確実である。

このような事情に照らすと、本件離婚請求を認容することは、控訴人及び子供達に対して精神的に耐え難い苦痛を与えるとともに、控訴人及び子供達を経済的に過酷な状況に置くことになるのであり、社会正義に反するものである。」

第三  証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  事実の認定

当裁判所の事実の認定については、次のとおり訂正し、付加し、又は削除するほかは、原判決の「第三 当裁判所の判断」中の一の記載と同一であるから、これをここに引用する。

1  原判決一二頁六行目の「2」の次に「、二〇」を、同行目の「被告」の次に「(原審及び当審)」をそれぞれ加え、同一〇行目の「一月」を「二月ころ」と、同行目の「見合いをして」を「見合いをし、その後の交際を経て」とそれぞれ改める。

2  原判決一三頁三行目の「もうけたが、」から同五行目までを「もうけた。やがて、被控訴人は、控訴人がその実家の生活習慣との違いなどから外で働く男の生活に理解がないとの不満を持ち、一方、控訴人は、被控訴人がギャンブル好きで金遣いが荒く家庭を顧みないとの不満を持つようになったものの、大きな波風はなく推移していた。」と、同八行目から同九行目にかけての「外泊をするようになって(乙一の1ないし5)」を「外泊をすることが多くなり、控訴人は、被控訴人の女性関係に疑いを抱くようになった。控訴人がそのことを諌めると、被控訴人は、外で働く男の付合いだとの態度をとって取り合わず」とそれぞれ改める。

3  原判決一四頁五行目から同九行目までを

「5 昭和五八年暮れに控訴人が実家に帰り、昭和五九年一月に被控訴人が両親とともに控訴人を迎えに行ったが、その際、控訴人の父と被控訴人の父がこもごも被控訴人に「女と手を切れないか。」と質したのに対し、被控訴人は「手を切れない。」と答えた。しかし、控訴人は、右迎えに応じて自宅に帰った。また、同年四月、控訴人、被控訴人及びそれぞれの両親が集まって、右女性問題について話合いが持たれたが、その際も、右と同様のやり取りがあって、被控訴人は、乙山春子との関係を絶つことはできないとの態度を維持した。その話の中で、控訴人の父から、被控訴人に反省期間を持たせる趣旨で、しばらく別居してはどうかとの言葉が出たものの、結論は得られなかった。」

と、同一〇行目の「その後昭和五九年九月」を「その後も外泊が絶えなかったが、昭和五九年九月、突然」とそれぞれ改め、同一一行目の「始めた。」の次に「その際、控訴人は、被控訴人に対し、別居を思いとどまるよう懇請したが、被控訴人は、「おれは青春を謳歌する。」などと言って聞き入れなかった。その後も、控訴人は、何度か電話で被控訴人に帰ってくるよう求めたが、被控訴人は、応じなかった。」を加える。

4  原判決一五頁一行目の「健人」の次に「(昭和五四年六月生)」を、同行目の「康人」の次に「(昭和五八年六月生)」を、同二行目の次に行を改めて

「 被控訴人は、その後も、平成二年ころまで、乙山春子との関係を続けた。」をそれぞれ加え、同七行目の「専業主婦としての」を「子供達の養育に専念する」と改め、同九行目の「二〇四号室」の次に「(同室は、株式会社大城組の社宅であったため、被控訴人の給与から月額一万円の社宅費が控除されることにより賄われていた。)」を加え、同一一行目の「月額一六万四八〇〇円であり、」を「、管理費等を含め、月額一五万五八四〇円である。」と改める。

5  原判決一六頁一行目を削り、同二行目の「とおりであり、」を「とおりである。」と改め、同三行目及び同四行目並びに同九行目の「被告から求められるままに、」をそれぞれ削り、同行目の「その」を「控訴人の」と改める。

6  原判決一七頁二行目の次に行を改めて

「(三) 右のとおり、現在、控訴人は、被控訴人から毎月二五万円の送金を受けているものの、家賃の負担を控除した残額は一〇万円に満たないため、控訴人及び子供達の生活を維持するには足りない。そのため、控訴人は、その実家の援助によりその不足を補っており、その援助の月額は、現在二十数万円に上る。」

を加え、同五行目から同九行目までを

「はない。被控訴人は、前示のとおり平成二年ころには乙山春子との関係を絶っており、現在特定の女性との交際があるわけではないが、株式会社大城組における被控訴人の地位にかんがみしっかりした家庭を持つため控訴人と離婚したいと言い、離婚の意思は固い。

被控訴人は、現在、月額約八〇万円の給与のほか、相当額の賞与の収入を得ている。

被控訴人は、子供達は控訴人と被控訴人のどちらが引き取ってもよいと供述するが、自らが引き取ろうとの積極的な意思は持っていない。また、被控訴人は、控訴人と離婚しても、子供達の養育費や教育費については相応の負担をすると言うが、どの程度の金額をもって相応の負担と考えるかについては、被控訴人は現在の送金の程度をもって十分と考えているのに対し、控訴人はそれでは全く不十分であると考えており、両者の間にはかなり大きな隔りがある。」

と、同一〇行目の「高校二年生」を「高校三年生」と、同行目の「中学一年生」を「中学二年生」と、同一一行目の「六〇九号室」を「九〇六号室」とそれぞれ改める。

7  原判決一八頁一行目の次に行を改めて次のとおり加える。

「 控訴人は、被控訴人との別居以来、終始、被控訴人との婚姻関係の継続を強く希望し、現在も、被控訴人さえその気になれば婚姻関係を回復することができるはずであると考えている。」

二  被控訴人は、控訴人と被控訴人との婚姻関係(以下「本件婚姻関係」という。)が破綻するに至った原因として、被控訴人の主張2(一)から(七)までに記載の控訴人の性格や言動を主張する。

しかしながら、右に認定したところ及び右に認定した控訴人と被控訴人との口論の中で控訴人に若干の反抗的言動があったであろうと推認されるところを超えて、本件婚姻関係の破綻の原因となるような被控訴人の右主張に係る具体的事実を認めるに足りる証拠はない。

三  当裁判所の判断

前認定のとおり、控訴人と被控訴人とは、昭和五三年一〇月の婚姻から昭和五九年九月の別居に至るまで約六年間の共同生活を経て、その後現在まで約一三年間にわたる別居生活を続けているのであり、控訴人はなお婚姻関係を回復することができると言うものの、被控訴人にその意思が全くないことに照らすと、本件婚姻関係を回復することは著しく困難な状態に至っているものといわざるを得ない。

しかしながら、本件婚姻関係がこのような状態に至った原因は、専ら、被控訴人が、他の女性と深い関係を持ち、控訴人や被控訴人及び被控訴人の親が諌めるのも聞き入れず、その関係を絶とうとしないばかりか、かえって、そのような関係を控訴人において受忍するのが当然であるとの態度をもって臨み、その挙げ句、突如として家を出て控訴人と別居する挙に出るなどした、被控訴人の責めに帰すべき行為にある。しかも、被控訴人は、控訴人が家事に無頓着である上、育った環境の違いから外で働く被控訴人の立場を理解しないなど、控訴人の性格や言動に両者の不和の原因があると主張するけれども、被控訴人が女性と関係を持つようになる以前に、控訴人の側に夫婦関係の円滑を欠くに至る原因となるような特段の言動があったと認めることができず、また、別居後の控訴人の言動においても、本件婚姻関係の回復を困難ならしめるような言動があったことを認めることができないことは、前示のとおりであり、他方、別居後も、被控訴人は、控訴人の再三にわたる同居の要請にもかかわらず、かたくなにこれを拒絶するばかりで、婚姻関係を回復するため控訴人が採るべき対応について提案をするなど、その回復の方法を探るという努力を全くしようとしていない。さらに、現在においても、被控訴人の側に、本件婚姻関係を回復することを困難とする客観的な事情が存するわけではなく、その回復が困難な原因は、帰するところ、本件婚姻関係を絶ちたいという被控訴人の固い意思に尽きるのである。

控訴人は、被控訴人が家を出て以来、幼少の子供達の養育に当たり、今日に至っているのであって、その間の三人の生活の維持及び子供達の養育・監護について多大の辛苦があったであろうことは推測に難くないところ、子供達は現在高校三年生と中学二年生に達しているものの、なお未成熟子であって、両親の養育・監護を要する期間は、今後なお相当の期間に及ぶし、特に二男は多感の年代にあることを考慮すると、両親の離婚は、子供達にとっても、少なからぬ精神的打撃を与えるであろうことが推認される。

被控訴人は、別居後現在まで、控訴人と子供達のために、前認定のとおり、月々の送金のほか、折に触れて子供達の教育費用等の送金をしており、今後も、子供達が大学を卒業するまでは、同程度の生活費及び教育費の負担をする意思を持っている。しかしながら、月々の送金については、それが控訴人らの生活費を賄うのに十分なものでないことは、前示のとおりであって、控訴人の実家の少なからぬ援助により控訴人らの生活が支えられているのであるが、将来にわたり同様の援助の継続が確実であるとはいえないし、また、そのように期待してしかるべきものということはできない。さらに、現在までの子供達の養育の経過及び今後の子供達の養育・監護に関する前認定の被控訴人の意思に照らせば、今後とも、子供達の養育・監護は、控訴人において担うのが相当と判断されるのであるが、被控訴人は、控訴人と離婚した後は、新しい家庭を築くことを考えているところ、将来新しい家庭が築かれた場合に、子供達に対する愛情や子供達の養育・教育のための経済的負担の熱意を現在と同程度に維持することができるかも、確実であるとはいえない。

そうすると、控訴人と被控訴人の離婚は、控訴人と子供達に対して少なからぬ精神的打撃を与えるものといわなければならないし、また、控訴人と子供達を直ちに過酷な生活環境に置くことになるとまではいえないけれども、その生活に少なからぬ影響を及ぼす可能性を否定することはできない。

右によれば、被控訴人は、いわゆる有責配偶者であるところ、有責配偶者からの離婚請求で、その間に未成熟の子がいる場合でも、ただその一事をもってその請求を排斥すべきものではなく、その有責性の程度、婚姻関係の継続への努力の程度、相手方配偶者の婚姻継続についての意思、離婚を認めた場合の相手方配偶者や未成熟の子に与える精神的・経済的影響の程度、未成熟子が成熟に至るまでに要する期間の長短、現在における当事者、殊に有責配偶者が置かれている生活関係等諸般の事情を総合考慮して、その請求が信義誠実の原則に反するとはいえないときは、その請求を認容することができるものと解すべきである。しかしながら、前示の事情、殊に被控訴人の有責性の程度、婚姻関係の維持への努力の欠如、未成熟の子供達が成熟に至るまでに要する期間を総合考慮すると、被控訴人からの本件離婚請求は、未成熟の二人の子供達を残す現段階においては、いまだなお、信義誠実の原則に照らし、これを認容することは相当でないものというべきである。

四  よって、被控訴人の本件請求は、理由がないから、これを棄却すべく、これと異なる原判決は、これを取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石井健吾 裁判官濱崎恭生 裁判官杉原則彦)

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